ブログトップ

一景一話

doitsuwine.exblog.jp

【一景一話】 ~心に残る景色との出合いと食の愉しみ~

「学は道の得否にあり」

「学は道の得否にあり」
松陰先生のお言葉(『講孟余話』)

松陰先生は言う。
「井戸は深く掘るか浅く掘るかが問題ではなく、その水の量が肝心である。同じように、学問は一生を捧げるべき対象ではあるが、学問に勤めた結果、道を得られたか否かが肝心であって、学問に勤めること自体は問題ではない」

学問の最終目標である「道」とは何か。
『論語』ではそれを「忠恕のことだけを意味する」と説いている。
この忠とは真心を尽くして誠実なこと、恕とは他人に対する思いやりのことである。

松陰先生の言う道は孔子の道そのものであった。

e0297347_2203915.jpg

柔道も剣道も空手道も合気道も茶道も華道もすべて一生をその修行に勤めなければ道など極めることはできない。





(完)
by doitsuwine | 2016-06-15 17:41 | 生活 | Comments(2)
Commented by 愚禿:渡辺洋之 at 2016-06-16 10:40 x
吉田松陰の言葉をコメントにします。

「死して後己む」

死して後巳(や)むの四字は言簡(げんかん)にして義広し。
堅忍果決(けんにんんかけつ)、確乎(かっこ)として抜くべからざるものは、是(こ)れを舎(お)きて術(すべ)なきなり。
安政二年三月「土規七則」
【訳】
死而後巳(ししてのちやむ)の四字は文字は簡潔であるが、その意味する所は大変広い。意志が強く、我慢強く、思い切りがよい。また、しっかりしていて、容易に動かされない男子たるためには、これをおいて、他に手段はなし
Commented by doitsuwine at 2016-06-16 19:09
洋之さん(^^)/~~~
松陰先生なくして明治維新はなし。
維新の起爆剤として自らの命の落とし方を考えたのが斬首刑。
そこで死ぬことを最善とした。
ブルース・リーやイエス・キリストと同じ。
人生の頂点で亡くなる意義を誰よりも知っていたのだろう。
私、退職したら竹を飛ばして「梅下村塾」を創設します。