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一景一話

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【一景一話】 ~心に残る景色との出合いと食の愉しみ~

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今宵は松代藩士佐久間象山について語ろう。

象山先生は文化8年2月、信州松代藩士の祐筆佐久間国善の子として生まれる。妻は勝海舟の妹。江戸で佐藤一斎に学び、神田に私塾「象山書院」を開く。天保13年、老中真田幸貫に海外事情の研究を命じられ「海防八策」を提出。江川英竜に西洋砲術を、黒川良安に蘭学を学び、勝海舟らに教えた。

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ペリー来航の際には老中阿部正弘に「急務十言」を進言し浦賀警護に当たった。安政元年、吉田松陰の密航事件に連座して松代に蟄居を命じられる。蟄居生活は9年間にもおよび、その間も西洋研究に没頭し、大砲製造、ガラス製造、地震予知、電池製作、電信実験などを成功させた。のち公武合体、開国を説き、元治元年、幕府の命を受けて上洛し開国論を主張したが、京都で尊攘派に暗殺された。54歳。
その人となりは兵学者、教育者、朱子学者、思想家、警察官、政治家、発明家として、さらには和算から水練、剣術をも極め、まさに奇才と呼ぶに相応しいスーパーマンであった。

象山先生の格言に、

東洋の道徳、西洋の芸術、精粗遺さず、表裏兼ね該(そな)え、よって以て民物を沢(うるお)し、国恩に報ず(『省諐録』)

象山先生の学問に対する態度は、小林虎三郎へ送った次の文書からも窺うことができる。

宇宙に実理は二つなし。この理あるところ、天地もこれに異なる能わず。鬼神もこれに異なる能わず。百世の聖人もこれに異なる能わず。近来西洋人の発明する所の許多の学術は、要するに皆実理にして、まさに以って我が聖学を資くる足る。

彼こそ明治維新の起爆剤となった人物であろうと思う。
毎年6月、私は縁あって松代の象山神社へ正式参拝している。
ちなみに、松代では「しょうざん」ではなく「ぞうざん」と呼んでいる。

※このブログで紹介する幕末の賢人たちは、いずれも私の心の師匠であり、彼らに「先生」を付ける所以はそこにある。

温厚で思慮深いという評判の江川は象山先生のことを嫌っていたようである。洋式砲術を使った戦略を短期間で習得することは江川の「伝授」「秘伝」といった旧来の教育方法では支障があり、象山先生の意を汲んだ同じ高島流の下曽根信敦から文書を借り学習を進めた。象山先生の教育に対する態度は近代的で、自分が書物から学んだことは、公開を基本とした。自身の門弟から「免許皆伝」を求められた時も、その必要がないことを説明した上で断っている。
by doitsuwine | 2014-06-30 17:43 | 人物 | Comments(0)
本日からしばらく、私の好きな時代(幕末)の、尊敬する人たちのことを綴っていきます。「一景一話」を「一賢一話」としてお付き合いください。
最初の人は佐藤一斎です。

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佐藤一斎は、美濃国岩村藩出身の儒学者、そして教育者である。
江戸幕府直轄の昌平坂学問所の塾長として多くの門弟の指導に当たった人物であり、一斎から育った弟子には幕末に活躍した人材たちが多く、佐久間象山、山田方谷、横井小楠、渡辺崋山などが顔を並べている。私の町にも彼の弟子で、すばらしい人物がいた。
一斎は随想録 『 言志四録 』 の著者としても有名であり、指導者のための指針の書とされる同書は西郷隆盛の愛読書であった他、今日まで長く読み継がれている名著として知られている。

その中にこんな言葉がある。

少にして学べば 壮にして為すことあり
壮にして学べば 老いて衰えず
老にして学べば 死して朽ちず

時代はまったく違うが、孔子は次のように言っている。
子の曰く、吾十有五にして学に志す 三十にして立つ 四十にして惑わず 五十にして天命を知る 六十にして耳順がう 七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず

この孔子の言は、自身の回顧であるから、人を諭すには普遍性に欠けている(と私は思う)。一方、佐藤一斎先生の言葉は万人向けに、教育者としての立場で学ぶことの大切さを説いている。福沢諭吉の理想をすでに言及している点で説得力があるし、何よりもわかりやすい。

「壮にして学べば 老いて衰えず」
よ~し、がんばるぞemoticon-0165-muscle.gif
by doitsuwine | 2014-06-29 17:58 | 人物 | Comments(2)
今宵はボイルした温野菜、ポテトに、オニオン、カブ、ニンジン、アクセントにベーコンかな?
妻の料理なので詳細不明(^_-)emoticon-0115-inlove.gif

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で、合わせたワインはトカイのフルミント、ドライ。
2005年モノなので、これ以降は味が落ちていくこと必定、ということで開栓。

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ちょうどジャストで、ラストというチャンスでした。
グラスはもちろん、現地で調達したモノ。
現地で買ったロゴ入りグラスでその土地のワインを飲むと一味違うんですよ。
冷酒も今やグラスで勝負の時代。
アルコールが「愉しめる」時代になりました。

ところでこのフルミント、実はクーラーにしていただくと美味しいんです。
もったいない、なんて言わずに思い切ってつくっちゃいました。
by doitsuwine | 2014-06-28 17:02 | 我が家 | Comments(0)
久しぶりにステーキが出てきた。

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私はステーキでもどちらかというとワインは「白」。
世間では「肉には赤」というが、私には 「そんなの関係ない」emoticon-0120-doh.gif
というか赤はほとんど飲まない。
ときどき贈り物で赤をいただくとワインクーラーにして飲んでしまう。

で、本日はラインガウの名醸シュタインベルガーをいただく。
前にも書いたが、栓がコルクではなくアルミのキャップになってしまったのが何とも残念。
上がこんなことをするから、下のセラーもそれにならって次々とコルクを廃止しているemoticon-0121-angry.gif

いただくのはリースリングのカビネットクラスだからワインは若い方が美味しい。
だから本来、このクラスではコルクはそんなに必要ではないといえば、その通りであるが、それでもね・・・。

せめてグラスだけでも、と取り出したのは19世紀のレーマーグラスなのであります。

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これはドイツのアンティークショップでgetしたモノemoticon-0115-inlove.gif
お気に入りであります。
by doitsuwine | 2014-06-27 17:31 | 我が家 | Comments(0)
ここはツアーでもよく組み込まれる町、ハイデルベルク。

ドイツ屈指の大学町でカフェや酒場もいっぱいemoticon-0167-beer.gif

ここに学生牢がある。
ここもツアーのコースに入っていることが多い。
私はもちろんプライベートで入った。

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昔は、ハイデルベルクの町は大学の構内の一部で、治外法権であった。だから、学生が問題を起こしても警察は介入しなかった。そこで大学当局は、自ら学生を処罰する牢屋を作った。

学生牢が、実際に使われていたのは、1712年から1914年までの約200年間で、行儀の悪い学生が入った。深夜、ドンちゃん騒ぎをしたり、酒場で暴れた学生。時には警察にたてついて、そのために牢屋に入れられる骨のある学生もいた。だから、ここに入ることは名誉なこととされ、卒業までに一度は入りたいと当時の学生は考えたという。

牢屋には最低3日間、長い人で4週間入っていたという記録もある。最初の3日間は、パンと水のみ、4日目からは差し入れも許された。

学生たちは、ここに入った記念に自分の似顔絵を、当時の流行であった影絵として描き、自分の名前を落書きとして残した。

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牢屋の隣は、大学の校舎であり、授業に出ることは奨励されていて、授業が終わると管理人が赴いて、学生を学生牢に連れ帰ってきた。入牢している本人たちは、けっこう行き来ができて、面白く、この数日間を過ごしたという。むしろ滞在が延びることが本人は自慢で、それは、「男の勲章」であったという。
by doitsuwine | 2014-06-26 17:01 | ドイツ | Comments(2)
ここはライン川の上流、ドイツとスイスの国境地帯。

その国境をライン川が流れている。

昔々、今のような国境が敷かれる前の話し。

川を挟んで一つの町が右岸と左岸に分かれていた。
もちろん人々は舟で往き来していたのである。
同じ町だから生活習慣も言語も宗教も全部同じに決まっている。

この町ラウフェンブルクもその一つ。

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写真はドイツ側からスイス側を写している。
ドイツ側の石橋の袂にはなんと警備員が常駐している。
スイスはEUに未加盟だから、この町以外の人が橋を渡るのにはパスポートが必要なのだemoticon-0104-surprised.gif

だいたいスイス側に住んでいるこの町の人たちは、ほとんどスイスとの交流がないemoticon-0102-bigsmile.gif

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こちらの泉はスイス側にある18世紀に造られたもの。
by doitsuwine | 2014-06-25 17:30 | ドイツ | Comments(6)
やや詳しいガイドになると、ときどき紹介されているバッハラッハ。

ワイン生産地域名でいうと、ちょうどラインガウとミッテルラインの境界あたりに位置するとーーーーーっても綺麗な街。

メルヘンとロマンに満ちた街とでも言うべきか、ドイツ独特の木骨組みの家もこの街が断然綺麗。

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街の中心道路にはワインの名醸がずらり。

街の背後の岩の上に建つ城からバッハラッハの街とライン川を見下ろす。

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絶景だ!
by doitsuwine | 2014-06-24 19:53 | ドイツ | Comments(0)
昔のアルバムから画像を引っ張り出して紹介しています。

本日はライン川最大の難所、ローレライ。

妖艶な美女に惑わされて多くの船人たちが遭難した場所。

実は岩礁が浅い位置まで隆起していて、そこに船底が引っかかって転覆してしまうというのが真実。

しばしここで休憩をした。

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美女とも写真を撮ったemoticon-0127-lipssealed.gif




今は懐かしの場所。
by doitsuwine | 2014-06-23 17:45 | ドイツ | Comments(4)
ここだけは一度、絶対に体験したい、と思ってある年に訪問。

そこはヨーロッパの夏の首都といわれているヨーロッパ屈指の温泉都市、ドイツのバーデンバーデン。

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黒い森の玄関口でもある。

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写真はいずれも温泉前の広場。私もやや大きめに登場です!
(この温泉の詳細は拙著 『ドイツはビールだけじゃない』 に詳しく紹介している)

大きい温泉が二つあり、一つは家族連れで賑わうスパ。

もう一つが歴史の重みを感じる重厚な「フリードリッヒ浴場」。

もちろん両方体験しているが、このフリードリッヒ浴場は曜日と時間帯によって全裸での混浴となる(*^_^*)

もちろんその時間に行かない手はない。

意外なことに若い女性が多いemoticon-0152-heart.gif

しかもドイツ語がわからない私は男女別になっているマッサージルームの「女性部屋」に入ってしまった。

全裸の女性たちのすごい視線が私に・・・・・・emoticon-0153-brokenheart.gif・・・・・・・・でも私はemoticon-0115-inlove.gif

最高の目の保養でした。
by doitsuwine | 2014-06-22 17:17 | ドイツ | Comments(0)
ここはスイスの北端バーゼル。

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ドイツとの国境地帯にあるので、人々の言語はドイツ語。

工業都市なので、観光で訪れる人はほとんどいない。
私は武術のセミナーでここを二度訪れた。

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スイスはアルプス山岳地帯も歩いたことがあるが、なにぶん昔の話しで、写真はネガのままemoticon-0106-crying.gif

バーゼルはライン川を遡航する工業用貨物船の最終遡航地点になるので、ここは何と港町なのだemoticon-0104-surprised.gif

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ここから上流のライン川はドイツとスイスの国境を流れ、下流はドイツとフランスの国境を流れていく。
by doitsuwine | 2014-06-21 19:52 | スイス | Comments(0)